学び続け成長する存在としての高齢者、その学習にはいったいどのような課題があり、それに対して私たちはどのような方法をとりうるのでしょうか。ラーニングエイジング研究会は、ミネルヴァ書房から2015年度刊行予定の書籍『ラーニングフルエイジング:超高齢社会における学びの可能性』との連動企画です。本研究会では、高齢化社会に向けた学びの可能性について様々な研究者と話し、多角的に考えていきます。
第10回の公開研究会は6月18日(木)に福武ホールで開かれました。ゲストは大阪教育大学教育学部教授の堀薫夫さんです。堀さんには「教育老年学と高齢者学習」というタイトルで、海外における教育老年学の動向と、そこで示された議論をご紹介いただき、高齢者の学習について、①理念、②学習能力、③学習ニーズ、④学習指導者、という観点から論点や課題を提示していただきました。
1.教育老年学とは
教育老年学とは、成人教育(生涯学習)と社会老年学とが結びついた学問です。1970年、ミシガン大学教育学部大学院の心理学者・ハワード・マクラスキーの問題提起により誕生しました。
マクラスキーは、高齢者の研究に対して、教育や学習の側からどのような形で独自の貢献ができるかについて考えました。そこで出されたのが「前向きの姿勢」(Affirmative enterprise)という概念です。医療、看護、介護などももちろん高齢者にとって大事ですが、学習の場面での高齢者は顔つきがより生き生きしていると言えます。つまり、医療や福祉から離れたとき、高齢者は「私らしく」なるのではないか。こうした「前向きの姿勢」こそが教育学ならではの貢献ではないかとマクラスキーは考えました。また、高齢者には高齢者特有の学習ニーズがあるということもマクラスキーは述べています。そうしたニーズは、高齢者が様々な意味で「老い」と格闘しあっているところから生まれると言われています。
同時期に、ハリー・ムーディが雑誌Educational Gerontologyにおいて、高齢者観の変遷に関する論考を出しました。ムーディは、自ら学習を通して生活状況を変えていける存在として高齢者を捉え、高齢者教育の特徴として、「経験」「対話」「超越」をキーワードとして挙げ、これらを学習資源として活用することが重要であると述べています。
2.教育老年学の展開
①理念:アンチ・エイジングからポジティヴ・エイジングへ
堀さんは、教育老年学の近年の動向として、「ポジティヴ・エイジング」という理念について説明されました。ポジティヴ・エイジングとは、エイジングに抗う(「アンチ・エイジング」)のではなく、「エイジング」という言葉の中にポジティヴな意味を見出す考え方です。そして、堀さんは、そうしたエイジングのポジティヴな面を引き出すことが教育・学習の役割であると指摘します。
例えば、「知恵」は、豊富な人生経験を持つ高齢者だからこそのものであり、また、芸術の世界では、「オールド・エイジ・スタイル」と呼ばれる、高齢者独特の表現があるとのことです。さらに、堀さんは、高齢者の特徴として「超越」を挙げ、高齢者とは時空間を超越できる存在であると述べます。例えば、認知症のような現象を「発達」とポジティヴに捉えることで、福祉に対する考え方も変わっていくかもしれません。
②学習能力
学習能力については、まず、ウェクスラーの成人知能に関する知見が紹介されました。ウェクスラーは、瞬発力や空間定位などに関する「動作性知能」は成人期以降に低下しやすい一方で、ことばや文化に関する理解などに関する「言語性知能」は上昇し得る可能性があると指摘しています。
また、キャッテルらによる「流動性知能」と「結晶性知能」に関する研究についても紹介されました。情報処理等に関する「流動性知能」が低下するに対して、文化と生活経験にもとづく「結晶性知能」成人期から高齢期にかけて上昇が期待できるとのことです。
さらに、21世紀に入り注目されているものとして、「プラクティカル・インテリジェンス(実践知)」(スターンバーグ)や「行為の中の省察」(ショーン)等、社会生活の中で活性化され、新奇な状況でも無意識的かつ自然に対応できる能力についてもご紹介いただきました。
こうした様々な学習能力論を見ていくと、高齢者とは必ずしも「能力が低下していく人々」としてのみ捉えられるものではないことがわかります。
③学習ニーズ
高齢者の学習ニーズについては、マクラスキーの学習ニーズ論をご説明いただいた後、堀さんが実施した大阪府高齢者大学校受講者に対する調査についてご紹介いただきました。
この調査から、高齢者にとって最も人気の高い学習領域が「歴史」であることが明らかとなりました。歴史と言っても、日本史、自らの暮らす地域の歴史、世界史など、その関心の範囲は様々なようです。また、学習内容として最も人気のあるのは地域の史跡めぐりに関するものだそうです。
④学習指導者
堀さんは、高齢者の学習における指導者のタイプとして次の5つがあると指摘します。
A.教える指導者
B.支援する指導者
C.参加する指導者
D.仕える指導者
E.指導者は自分たちの中に
この中で、最近生涯学習論で取り上げられているのは「C.参加する指導者」です。このタイプの指導者は教えたり、支援をしたりせず、学習の実践共同体を設営し、学習が成立する仕掛けをつくる役割を果たします。そして、堀さん自身は、「D.仕える指導者」に着目しています。これは、サーバント・リーダーシップ論に基づく考え方であり、指導者を「サーバントと捉え、下から支える存在として位置づけています。また、「E.指導者は自分たちの中に」とは、いわゆる指導者を置かず、学習者が自ら学習情報提供者になるというタイプです。これは、ピアサポート・グループ論やネットワーク・リーダーシップ論に基づいており、「発達」を縦ではなく横に広がるものとして捉える立場をとります。
このように、指導者という観点から見ても、学習者としての高齢者の位置づけは変遷していると言えます。
3.教育老年学の課題
最後に、教育老年学をめぐる今後の課題として、①福祉領域がメインとなっている高齢者に関する研究について、教育学独自の貢献を考える必要性、②後期高齢期あるいはライフサイクル第四期における学数支援のあり方、③高齢者の主体形成や参画に関する課題などについてご指摘されました。
堀さんのご講演の後、質疑応答の時間が約1時間程度設けられました。その中では、高齢者の定義とその見直しの現状、教育老年学への日本からの発信、指導者という視点から見る高齢者の学習の特徴など、様々な視点から議論が展開されました。
堀さんのお話を通して、「高齢者」という存在をもう一度見直すことができました。「高齢者」といってもその年齢の幅も広く、ポジティヴな存在として位置付け直していく動きがある一方で、寝たきりや認知症など、後期高齢者の増加ということもあります。従来の「発達」や「能力」観を見直さなければ、彼らとの共生ができる社会をつくることはできないのではないかと感じました。医療や介護福祉領域が主流である老年学研究ですが、そうした中で教育学に何ができるのかということも改めて考えていきたいです。
今回お話いただきました堀薫夫さん、お集まりいただいた参加者の皆さま、どうもありがとうございました。
〔アシスタント:園部友里恵〕