ラーニングフルエイジング プロジェクト - 高齢化社会に向けた学びの可能性

研究会
開催日:2015年9月24日

第12回 ラーニングフルエイジング研究会 「ナラティヴ・アプローチの可能性」

学び続け成長する存在としての高齢者、その学習にはいったいどのような課題があり、それに対して私たちはどのような方法をとりうるのでしょうか。ラーニングエイジング研究会は、ミネルヴァ書房から2015年度刊行予定の書籍『ラーニングフルエイジング:超高齢化社会における学びの可能性』との連動企画です。本研究会では、高齢社会に向けた学びの可能性について様々な研究者と話し、多角的に考えていきます。

第12回の公開研究会は9月24日(木)に福武ホールで開かれました。ゲストは駒澤大学教授の荒井浩道さんです。荒井さんには「ナラティヴ・アプローチの可能性」というタイトルで、ご自身の支援経験を踏まえ、当事者が紡ぐ「物語」や、経験にもとづく「語る」このアプローチ法について具体的にお話いただきました。

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荒井さんは、ソーシャルワーク方法論、支援論がご専門ですが、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーもやっていらっしゃいます。特に小学校に関心があり、ナラティヴ的な技法を使っていくことで、発達障害を抱えたお子さんを持つお母さんへの支援について取り組まれております。今回は、ナラティブ・アプローチの歴史、支援や今後の課題についてお話いただきました。

1.ナラティブ・アプローチとは

ナラティヴ・アプローチは、1990年以降、世界的にも注目され、2000年代になり浸透していきました。社会包摂主義、あるいはポストモダン・ニーズのほうに移行した、認識論の下、展開されているアプローチです。ナラティヴ・アプローチは、ホワイト、エブストンが打ち出したもので、構築性と物語の権力性ということを浮き彫りにしました。彼らは、私たちの物語というのは何らかの理由によって作られたものなのだから、語り直すことで別の物語を生きると考えたのです。更にホワイト、エブストンはミシェル・フーコーの「優勢な知に征服された、劣勢な物語の反逆を支援する」を引用し、物語の権力性に注目しました。これがいわゆる有名なオルタナティブ・ストーリー、劣勢な知によるドミナント・ストーリーの書き換えを行っていくということです。

ナラティヴとは、物語、語り、声と訳されます。物語というときは、物語の構築性、権力性。語りは経験に基づいた発話で語り。声は、消え入りそうな、大きな声にかき消されそうな小さな声、そんなニュアンスも含まれています。ナラティヴということを言うときには、クライアントを理解するという視点があることが共通です。ナラティヴ・アプローチは非常に広範が広いので、定義する事は難しいですが、「言葉、つまり物語、あるいは語りに注目して、そこで権力の作用を読み解き、専門性や支援、それ自体のあり方を問い直していくようなアプローチ」というのが荒井さんの考えです。

このナラティヴという言葉で何かをやろうとしたときに、「何が語られたか」だけでなく、「それがどのように語られたか」という、語られ方も重要です。一方で語られるが、語られない物語にも注目するアプローチでもあります。

このように、ただよく人の相手を聞く、アクティブリスニングなどとは違い、特に権力とかを読み取って、支援関係を読み解いていくところがナラティヴ・アプローチの面白いところだと荒井さんは述べています

では、ナラティブ・アプローチにはどのような種類があるのでしょうか。荒井さんは下記の9つの種類を提示されています。

①ナラティブセラピー(外在化,例外)

②コラボレイティヴ(無知の姿勢)

③リフレクティング(ワンウェイミラー)

④病いの語り(支配的物語としての「回復の物語」)

⑤ピアサポート(当事者性)

⑥当事者研究(「幻聴さん」という名付け)

⑦ヒューマンライブラリー(人間図書館,編集)

⑧ナラティヴ分析(シークエンス分析)

⑨オープンダイアローグ(対話,不確実性)

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2.支援の領域におけるナラティブ・アプローチ

ナラティブ・アプローチが支援する際に使われる場面に、「困難事例」というものがあります。社会福祉の制度的成熟は,そこからこぼれ落ちる人々の姿を浮き彫りにするという逆説を孕みます。支援は制度化を必要としますが,全てを制度化することはできません。そのため、制度中心の日本の社会福祉は、ソーシャルワーク(支援実践)が未成熟であり、その制度からこぼれ落ちる人々(具体的に言えば,介護保険制度におけるケアマネジメントからこぼれ落ちる利用者)が存在します。専門職や地域住民とコンフリクトをかかえる利用者や、アウトリーチや見守りなどの支援を拒否する利用者が挙げられるのですが、こういう人々は支援する側から「困難事例」と呼ばれてきました。しかし、この困難事例というのを問い直していくとことががナラティヴ的に重要だと荒井さんは述べます。

では実際に、ナラティブ・アプローチを支援に使うときに、支援者はどんな姿勢をとればいいのでしょうか。

まずは当事者こそ専門家の立場に立って、当事者から教えてもらう、あるいは支援しないようなアプローチが大切です。クライアントは問題を語った場合、その問題を語ることによって、外在化する。支援者は、その語られた問題の交通整理をするような役割として位置付けることができます。そして、そこで言語的な介入をすることで、例外の希望の糸口を探すわけです。 

こうして、支援においてナラティブ・アプローチは、かっこ付きの問題をクライアントからまず切り離し、クライアントとは別のものとして問題の影響力の無効化を図ります。目的ではなく、結果として、一見問題解決を目指していないように見えるけれど、結果としての解決が図られることがある事が大切なのです。 ナラティブ・アプローチの適用範囲は困難事例以外にも、認知症患者・不登校児・ピアサポート・コミュニティ・調査研究など多岐に渡ります。

最後に、今後のナラティブ・アプローチの流れのなかで、去年から非常に注目されているオープン・ダイアローグに関するお話がありました。開かれた対話と呼ばれるオープン・ダイアローグは、特に統合失調症の方の妄想などのモノローグを、ダイアローグとして開いていくアプローチです。当事者の話で複数の専門職が車座になって座り、対話を続けることで支援的効果が認められる事から、当事性のない専門職もピアサポートを行う意味で示唆的ではないかと述べ、理論的にも実践的にも刺激があるアプローチであるとお話されました。

荒井さんの講演の後、約1時間程度の質疑応答の時間が設けられました。その中では、支援者の範囲、物語を構築する際のサポート、オープン・ダイアローグの詳細など、様々な質問が投げかけられ、活発な議論が交わされました。

今回の研究会では、ナラティブ・アプローチを利用した支援について参加者の方も非常に興味を持っていることが伺えました。支援をする際の専門職の存在や、ナラティブ・アプローチの終結方法など、定義は知っていても実際にどのような事が行われるのかは、初めて知った方も多いのではないかと思います。質疑応答ではオープン・ダイアローグに関して多くの問いがありましたが、それらの新しいアプローチ方も踏まえながら、どのように支援していけるのかを考えていきたいと思いました。

〔アシスタント:河田承子〕