ラーニングフルエイジング プロジェクト - 高齢化社会に向けた学びの可能性

研究会
開催日:2015年7月23日

第11回 ラーニングフルエイジング研究会 「地域包括ケアの担い手を考える―人間中心のケアとまちづくりに向けて―」

学び続け成長する存在としての高齢者、その学習にはいったいどのような課題があり、それに対して私たちはどのような方法をとりうるのでしょうか。ラーニングフルエイジング研究会は、ミネルヴァ書房から2015年度刊行予定の書籍『ラーニングフルエイジング:超高齢社会における学びの可能性』との連動企画です。本研究会では、高齢社会に向けた学びの可能性について様々な研究者と話し、多角的に考えていきます。

第11回の公開研究会は7月23日(木)に福武ホールで開かれました。ゲストは国際医療福祉大学大学院教授の堀田聰子さんです。堀田さんには「地域包括ケアの担い手を考える-人間中心のケアとまちづくりに向けて-」というタイトルで、地域包括ケアシステムをめぐる潮流、ケアの担い手にかかわる施策や研究動向、国内外の事例についてご紹介いただき、患者・専門職という顔・関係性を突き抜けた人間中心のケアとまちづくりに向けた移行について考えていきました。 _MG_1321

1.地域包括ケアをめぐる潮流

高齢化の進む日本で課題となっているのは、持続可能な社会をつくることであり、その際の手がかりとして「ケア」が注目されています。これは日本に限ったことではなく、高齢化の進む欧米各国でも同様であり、1990年代、ヘルスケアとソーシャルケア、双方の改革の中心的な概念として地域包括ケアが立ち上がってきています。

19世紀後半と21世紀を比較すると、医療やケアのあり方自体も転換していることがわかります。例えば、19世紀後半に比べて21世紀には、単一ではなく複数の疾病を持つ人々が増加してきました。後期高齢者に目を向けると、複数の病気や障害と付き合いながら生活している人も多く見られます。こうした状況から、「健康」の概念も変わってきました。これまでの「健康」とは、病気を持っていないことを指し、「治す医療」が中心でした。しかし、複数の疾病を持つ人々が増えた現在では、病気を持っていないことではなく、病気や障害といかに付き合い、QOLが保てるか、ということが「健康」を測る基準の1つになりました。こうした状況で目指されるのは「支える医療」です。日本の医療はそれまで病院が中心となって進められてきました。しかし、現在、医療を支えるのは病院や医療従事者だけでなく、地域で支える、というよう、転換してきています。

2.日本における地域包括ケア

日本における地域包括ケアには、「地域を基盤とするケア」と「統合ケア」の2種類があると言います。

①地域を基盤とするケア(community-based care):

 公衆衛生アプローチに立脚し、地域の健康上のニーズ、健康に関する信念や社会的価値観にあわせ、地域社会による参画を保証しながら構築されるケア。

②統合ケア(integrated care):

 診断・治療・ケア・リハビリテーション・健康増進に関連するサービスの投入・分配・管理と組織をまとめる概念。

堀田さんによれば、日本における地域包括ケアは、介護予防や地域密着型のサービスが開始された2005、6年頃が1つの転機と言われており、地域を基盤としながら統合を図ることが重視されてきています。「地域」と言っても、人口構成、資源の状況、住民の考え方、この先起こり得る問題など、状況は地域ごとに異なります。地域が多様であることは、1つのモデルを提示するだけでは問題は解決されないことを意味します。多様な地域がある中で、私たちはどのようなところから地域包括ケアを考えていけばいいのでしょうか。

堀田さんは、住民1人1人が、「どのように生きていきたいのか、どこで死にたいのか」ということを、自分や大切な人のことを思いながら問い直していくことが、地域包括ケアの出発点であると述べます。加えて、「私たちが生きていきたい姿、死んでいきたい姿が叶う地域は存在しない」ということを認識することも大切であると堀田さんは言います。そうした現実を認識し、しかしその中でも「そこそこ良い人生だった」と思えるようなまちとはどのようなまちなのかを、まちの中で考えていくことが重要とのことです。

そのためには、具体的なまちの課題や目標を住民が共有できることが重要なポイントであると堀田さんは指摘します。しかし、住民の考えは様々であり、また、これまでの日本のトップダウン型の方法では困難です。国の視点から見ると、多様性をどのようにデザインするか、真の市民社会をどのようにつくっていくか、ということが課題となってきます。

「地域包括ケア」という言葉自体、住民にその意味が伝わりにくいという課題もあります。地域包括ケアが高齢者のためのものではなく、全ての人のためのものであること、ケアする・されるという関係を超えていけるような新しいケアの形やシステムのあり方を模索していくことが求められています。

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3.地域包括ケアと学び

堀田さんの所属する「地域包括ケア研究会」では、実践から学びながら、理論的な整理を行ってきています。今回は、2012年度、2013年度の報告書をもとに、地域包括ケアシステムを実現させるために必要な構成要素や考え方についてご紹介いただきました。

今回、地域包括ケアシステム実現のための構成要素として、「本人・家族の選択と心構え」について中心的にお話いただきました。同研究会では、「本人・家族の選択と心構え」があるからこそ、様々なサービスや支援が成り立つと考えられています。このことは、私たちらしさ、私たちの人生の質・命の質は、私たちにしかわからない、ということを問い直していると堀田さんは捉えています。

「本人・家族の選択と心構え」は、世界各国では、セルフケア、セルフマネジメントという用語で語られています。日本には江戸時代から「養生」という、健康で自分らしく生ききるという教えがありましたが、現在、こうした日本的なセルフケア、セルフマネジメントを問い直す余地があるのではと言われているそうです。

しかし、こうしたことを考えるとき、現在の日本では、認知症教室、糖尿病教室、介護者教室などの「教室」が想像されがちであると堀田さんは指摘します。セルフケア、セルフマネジメントに関する先行研究では、同じ疾患や課題を持つ人々を集めた教室は一定程度の意味を持ちますが、「教室」だけでは学ぼうというモチベーションが湧いてこないことが明らかになっています。学びのスタイルも、知識詰め込み型ではなく、学び合いがうまくいきやすいとも言われているようです。住民1人1人が、よりハピネスを追求していくという姿勢をつくり、それが追求できるようなコンピテンシーを獲得していけるような介入のあり方が問われています。

加えて、「地域に根ざす学び」のあり方の転換も問われていると言います。しかし、地域でどう生きるかを考えることは、日本であまり習慣化されていません。堀田さんは、自立・自律・地域へのコミットメントをキーワードとするプログラムをいかに学校教育の中に埋め込んでいくかを考えることも重要であると指摘します。介護人材の不足が叫ばれる中で、これからは全ての人がケアの担い手という発想の転換が必要なのです。

4.地域包括ケアの担い手

ケアの担い手に関する研究として、Wagnerらの慢性疾患ケアモデルについてご説明いただきました。このモデルは、90年代にアメリカで開発され、WHOも推奨するものです。モデルの基盤は、情報・スキルを得て活性化された患者と、先を見越して準備ができた多職種チームの生産的相互関係にあります。

旧世紀医療では、患者役割論と呼ばれる、病気になったら全ての社会的役割が免除されるという考え方のもと、専門職のイニシアティブに基づく治療の「受け手」としての患者像が描かれてきました。しかし、高齢化が進展し、慢性疾患患者が急増するにつれてこうした患者像は転換し、全ての人が自分で決めていかなければ生きていけないという時代になってきました。その際に出された考え方の1つが「Lay Expert(素人専門家)」、すなわち、全ての住民が自分の心身の専門家である、という考え方です。堀田さんは、この考え方のもとでは、専門職が「先を見越せるか」が重要なポイントになると述べます。なぜならば、非専門職の人々は、先の見通しが示されることで準備や心構えができるためです。そうすると、患者同士の学び合いもさらに起きていく可能性もあると言います。

最後に、1人1人が考える、1人1人ならではのあり方を問い続けていくことの重要性が改めて強調され、そのためには、専門職の人々が多職種協働だけでなく患者本人と協働すること、それを可能にするフラットな関係性や活性化されたコミュニティを創出していくことの大切さについて述べられました。

堀田さんのご講演の後、質疑応答の時間が約1時間程度設けられました。その中では、ケアの持つクリエイティビティ、「地域包括ケア」における若者世代の参加、人々の働き方、日本・アジア的な家族のつながり、「対話」の創出、地域包括ケアにおける家族のあり方、など、様々な視点から議論が展開されました。

今回の研究会で、堀田さんは、自分のこととして考え、行動していくことの重要性を繰り返し強調されていらっしゃいました。その際、自分や自分の大切な人の生きる姿の理想から地域をデザインしていくこと、理想を語るだけでなく現実的な目線からも考えていくことが大切であるということがとても心に残りました。

今回お話いただきました堀田聰子さん、お集まりいただいた参加者の皆さま、どうもありがとうございました。

〔アシスタント:園部友里恵〕