学び続け成長する存在としての高齢者、その学習にはいったいどのような課題があり、それに対して私たちはどのような方法をとりうるのでしょうか。ラーニングエイジング研究会は、ミネルヴァ書房から2015年度刊行予定の書籍『ラーニングフルエイジング−超高齢社会における学びの可能性−』(仮題)との連動企画です。本研究会は、超高齢社会における学びの可能性について様々な研究者と話し、多角的に考えていきます。
第3回の公開研究会は11月22日(木)に福武ホールで開かれました。ゲストは東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科教授の水村容子さんです。「スウェーデンの住み続ける社会の仕組み」というタイトルで、水村さんが研究されているスウェーデンの住宅環境整備、福祉・医療サービス、そしてコレクティブハウジングについてお話しいただきました。
水村さんは建築の中でも住宅の計画を専門とされており、大学院博士課程2年と、一昨年勤務する大学のサバティカル休暇においてスウェーデンでの研究生活を送られています。
水村さんが最初に研究したことは、サリドマイド剤によって体に奇形が生じてしまった人たちや、関節リウマチの方の住環境整備の在り方についてでした。スウェーデンは高負担高福祉で知られていますが、現在は新自由経済主義のあおりを受けて、ストックホルムで住宅価格が高騰し、かつては無かった格差が生じています。水村さんはその状況の発生要因、影響について、一昨年のスウェーデン滞在で20年近く研究されてきました。
1.住まいを巡る環境の現場(特に首都ストックホルムの状況について)
スウェーデンでは、福祉サービス医療サービスの基盤は住宅であり、様々な社会制度が作られてきましたが、そもそもなぜ福祉国家、スウェーデンモデルは構築されたのでしょうか。18世紀以降の産業革命に出遅れたため貧困に陥り、国民の4分の1がアメリカ大陸に移住するなど一時は社会の存続さえ危ぶまれたスウェーデンにおいて、人口の減少は切実な問題でした。経済学者・平和運動家のグンナー&アルバー・ミュルダール夫妻は「人口問題の危機(Krisis i befolkningsfrågan)」において、出生率が低い状況を調査し、住環境が貧困であることにその原因を見出しました。その報告を基礎とし、1928年、社会民主労働者党二代目当主のハンソンが、「国民の家(folkhemmet)」構想を発表し、スウェーデンは低所得層のみならず高所得層をも対象とした住環境整備の提供、ひいては、高負担高福祉社会へと歩み始めたのでした。
1980年代までの住宅政策の枠組みとしては、まず行政の責務として、基礎自治体であるコミューンが住宅の計画や住宅供給の責務を担いました。従って、この国の住宅供給主体には、コミューンの住宅供給管理会社、日本には存在しない住宅協同組合、そして民間事業者が存在します。住宅の所有形態は公的賃貸、協同組合所有、個人所有の3つに分けられます。すべての人に優れた住宅を共有するという政策公約のもとで施策が形成されていったので、特に多子世帯、障がい者世帯、高齢者世帯に対して住宅手当が供給されつつ、対象者を固定するのではなく、世帯に対する住宅の補助という仕組みが作られました。
しかしながら現在その仕組みは英米を中心として世界経済を席巻した新自由経済主義の影響による規制緩和などが原因で転換しつつあり、「政策無き政策(No Policy)」(利益の追求が優先され民間市場に委ねられた住宅市場)であると研究者や住宅政策を担うストックホルム市議から揶揄されてさえいます。ストックホルム郊外には、1960年代の経済成長を遂げている時期には良質な住宅地が作られてきましたが、今や多くは移民の居住区となり、逆に中心市街地は高級化しています。未だかつてない格差が生じつつあるのです。
これに対してストックホルム市は住宅改良事業によって対策を講じており、アート活動とのコラボレーションによって地域への愛着を復元するなどの活動も行われています。
2.高齢者や障害のある人が住み続けるための仕組み
福祉国家としてどのような施策が特に高齢者や障害を持った人たちにむけて展開されてきたのでしょうか。スウェーデンの建築法は1977年に改正された際にアクセスビリティの保障が義務付けられました。この法律の下では 移動障害者・認知障害者などの障害を持った人が住みこなせることが住宅の必須要件となります。
スウェーデンでは多くの人たちが住宅で亡くなります。彼らはソフトのみならずハード面でも公的な支援を受けながら住宅において余生を全うします。例えば平屋の一戸建ての場合、建築法には「少なくとも1カ所のサニタリールーム(洗面所・シャワーやバスタブ・トイレが設置された部屋)は、移動障害者でも利用可能であるように整備されなければならないと同時に、介助者にとっても介護動作が適切に行える配慮がなされてなければならない」という記載があります。この点が法律によって義務化されているということは自宅で最期まで生活をしたいと希望する高齢者や終末期の患者、そして彼らを支える介護者らにとって重要であると水村さんはおっしゃいます。
3.住み続けるための福祉・医療サービス
もともと北欧では障害者を隔離しようとするコロニー主義に対抗する理念としてノーマライゼーションがうたわれてきました。スウェーデンでは「ノーマライゼーション」の理念をもとに障害者施設を街中に作ったり、バリアフリーな郊外住宅地を整備しました。制度面では、1982年には社会サービス法の中にこの概念は盛り込まれます。さらには同年施行の保険・医療サービス法、1994年にはLSS法(機能障害者のサポートとサービスに関する法)において、福祉用具の開発、住宅改造を行うテクニカルエイドサービスの供給、終末期の緩和医療・ケア(Palliativevård)、特別なニーズのある人に対して提供されるパーソナルシスタントサービスなどが規定されています。
スウェーデンの終末期の医療的ケアも特徴的であり、緩和ケア病棟・ホスピス、加えて在宅緩和ケアユニットとして医療チームが緩和ケアを提供しています。ストックホルムのような都市では医療機関での支援が充実しており、在宅緩和ケアユニットを持つ病院も多く、在宅で生活する終末期患者に対する緩和ケアが非常に充実しているそうです。水村さんが調査をされたErsta 病院は、緩和ケア病棟と在宅緩和ケアユニットの両方を持つだけでなく、北欧初の子ども・若年者のためのホスピスも開設されています。終末期を迎えた人々の生活環境整備に関しては、作業療法士の役割は重要であり、住環境改善の方針を定めて執行する手続きをする職能を持ち、彼らの支援の下、居住者が居住継続をのぞんでいれば、浴室の整備や自動開閉ドアの設置など、様々に住宅改修が行われています。
4.共生の住まい ― ストックホルムのコレクティブハウジング ―
コレクティブハウジングとはヨーロッパのユートピア思想に起源をもつ住まい方です。北欧では19世紀初頭から多世帯で暮らす住宅における”Central Kitchen”の考えが登場し、複数の家庭で台所を共有するという思想が芽生えてきましたが、スウェーデンにおいては高度経済成長期のウーマンリブ運動における家事の合理化の解決方法としても意義づけられ、取り入れられてきました。住宅ストックは全住宅の0.05%とそれほど多くはありませんが、住宅の選択肢の一つとして首都ストックホルムはじめ三大都市圏で特に増加しつつあります。
ストックホルム市住宅供給会社の供給するコレクティブハウジングには多世代型とシニア型の2タイプがあります。スウェーデンはもともと日照時間も少なく人々は家で過ごす時間を大変重視しているため、個人の住宅内部はが非常に美しく作られています。ここではさらにコモンキッチンやコモンオフィスが利用できるようになっており、入居者が自ら住宅の管理をし、支え合って暮らすことが出来るようになっています。入居者もそのような生活を望んで入居しており、さまざまなものを共有することが豊かな生活につながるということを理解して住宅管理から趣味をともに楽しんでいるのです。
住民の方々曰く、コレクティブハウスに住んでいる人は確実に老化の進み方が遅く質の良い余生が送れているのだとか。その理由は、コモンミールや運営など、常に社会参加がもとめられるからだといいます。認知症を患うなどしてどうしても他の住人達の手に負えなくなるとグループホームなどに移ることもありますが、基本的には隣近所の人たちで看取りまでするそうです。住むことを学びながら高齢期を生きるのがコレクティブハウジングでの暮らしなのです。
水村さんのご講演の後、約1時間程度の質疑応答の時間が設けられました。コレクティブハウジングの運営の実際的な側面や、バリアフリーと健康の関係、日本におけるコレクティブハウジングの需要等、活発な議論が交わされました。
日本においても、IKEAなどが提供する北欧風のおしゃれな住宅や、税制と福祉の観点から参照されることが多いスウェーデンの施策は表面的には別々のものとして注目されてきたと思います。しかしこれらが、共に生きるための住宅計画をキーとして結びついていること、さらにコレクティブハウジングとして新たな共生の形を築こうとしていることを知ることができました。こうしたスウェーデンの事例から私たちは何を学ぶことが出来るか、考えていく必要があるでしょう。
今回お話しいただきました水村容子さん、お集まりいただいた参加者の皆さま、どうもありがとうございました。
〔アシスタント:宮田舞〕